14 カギ
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毛蟹は全身に棘(とげ)があり、尙強い鋏を有してゐるため、網から外づす時、
指などに往々怪我をするので、上の如きカギを用ゐる。
15 火鉢
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石油罐を二つ切にしたものへ針金の手をつけて作る。
これを炭火でおこして、沖へ持つて行つたり、陸で仕事をするときに手を翳したりする。
16 スダレ
茅を編んで作つたもので、濱で仕事をする時、舟に立て掛けて風除(かざよ)けにしたり、
夜は舟にかぶせて雪除(ゆきよ)けにしたりする。
七 蟹漁に從事する人及び舟の數
一昨年の大漁年(どし)には二十パイ以上の舟が蟹漁に從事してゐたが、昨年不漁だつたので、
本年はホッキ卷(まき)やトロール機船の漁夫に轉向する者が續出しえt、數は三分の一に減少した。
現在蟹漁に從事してゐる舟は七ハイで、從業員は十四名(悉くアイヌ人)である。
このうち、四ハイの舟(人數八名)はホッキ卷を兼業してゐるので、蟹漁専門の舟は三パイ
(人數六名)である。
八 刺網(さしあみ)の方法
蟹を獲る爲に、刺網を投網(とうもう)することを、「網を刺す」といふ。
普通刺網は二人で一パイの舟に乗つて出漁するものである。
網の數は銘々同じで、一囘に十反(たん)位づゝ刺す。
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先づ舟が岸を離れると、西風の時は帆をかけて、風の無い時は二人で櫓をオシて、蟹の多い場所まで行く。
場所に着いたら、第一にボンデンを海中に投げ入れる。そしてアンカ綱をその場所の海の深さの一倍半
位にしてアンカへ結び付け、アンカから又十五尋位ヤリ網を延ばして、その端へ網のアシタナの端(テンボ)を結び付ける。
かくて、舟を沖の方へ風に任せて流しながら、一人はアシの方を、他の一人はアバの方を、海中に投げ入れる。
一番先が甲の網なら次の網は乙のを、といふ様に、一反づゝ交互に結んで投網(とうもう)する。
時によつて沖の方に蟹が多い時と、反對に陸に近い方に蟹が多い時とがあるので、それを公平にする爲に、
一反づゝ交互に結んで刺すのである。
全部刺し終へたら、最後のアシタナの端(テンボ)へヤリ縄を結び、それを十五尋位延して
その端へアンカを結び、アンカからアンカ綱を水深の一倍半位延ばして、海面へボンデンを
浮かしておくことは、最初と同じである。
兩方のボンデンの間隔、即ち網の全長は、約五百間である。(漁師の用ゐる一間又は一尋
は五尺である。)
この一つの長さを「一(ひと)ノシ」又は「一配(ひとはえ)」と稱する。
この網は翌々日あげる。そして一昨日刺して置いた網を今日あげるのである。
九 蟹漁の一日
朝起きるのが四時半頃、食事を済ませて火鉢に炭火を入れて濱へ出るのが、六時頃である。
舟が岸を離れて行くと、「陸廻り」(※注一)は卷綱(まきづな)を延ばしたり、ゴロやシチ木
など波に流されぬ様に引揚げておいたり、ハセ(※注二)に掛けて干してある網を
下(おろ)したりして、その日の仕事を準備しておく。
舟が漁獲物のかゝつた網を積んで歸つて來るのは、八時頃である。
舟が陸に近づくと、家の人々はそれぞれ支度をして、モツコや五十集籠(いさばかご)などを
持つて、濱へ出る。
舟が岸に着くと、卷綱をかけて卷くのである(第五五頁マキドの圖参照)。
汀から五六間卷あげた所で舟を止めて、此處ですぐ仕事に掛る。
西風が寒いので、西の方を茅のスダレや帆布などで圍ひ、その蔭で仕事をする。
先ず漁獲物の蟹を初め、鰈、ヤステなどを網から外づす。
軍手をはめて仕事をするのであるが、直ぐ濡れて冷くなるので、火鉢にはたくさんの炭をくべて、
手をあぶりながら仕事を續ける。
漁獲物を外づしていまふと、今度は二人掛りで、この網から小さな藻屑や木の葉
などを取り除き、クマつた所をほぐしたりなどして、サヤメル(※注三)のである。
サヤメてしまつた網は、特長(とくなが ※注四)を履いた人が、海の中で波にたゝかせて、泥を
洗ひ落す。
洗つてしまつた網は、しぼつて籠かモツコに入れる。
かうして、漁獲を外づす、網をサヤメル、洗ふ、といふ作業を順々に續けて、濱の
仕事は終るのである。
濱の仕事が終つたら、蟹は受取りに來た買子に數へて渡し、その他の鰈や鴨は家へ
運び、ヤステは干場(ほしば)へ運んで乾燥させる。
洗つてしぼつて置いた網は、家の前へ運んで來て、ハセに懸けて乾す。
これが全部濟んで、皆が家の中へ入るのは、十一時頃である。そこでストーブを圍んで、
つくり體を温めてから、晝食を食ふ。
晝食後は、陸廻りが朝の間にハセから下(おろ)して置いた網を、テド(※注五)つて、
濱の舟へ運んで、タク(※注六)のである。
そして午後のニ時頃沖へ行つて、この網をサシ(※注七)て來る。網アシは二時間位で陸へ歸つて來る。
刺網を終へて陸へ歸つて來る頃は、既に四時を過ぎてゐて、短い冬の陽は暮れかゝつてゐる、
これから夜の八時頃まで、その朝あがつた網を一反づゝハセから下(おろ)して、家の中で、
この網をキュ(※注八)つたり、あまり水を含み過ぎて用をなさなくなつたアバを取換へ
たりして、手入れする。
手入れを終へた網は、再び外へ出して、ハセに懸けて、翌朝まで乾しておく。
これで、蟹刺網の一日は、完全に終るのである。
※注一 「陸廻り」。陸に居て雑務に任ずる者をいふ。
※注二 「ハセ」。網を乾す乾場のことである。
※注三 「サヤメル」。網に引つかゝつてゐる小さなゴミや藁屑を取つたり、クマつて
(もつれることをクマルといふ)ゐる所をほぐしたりしながら、アシタナとアバタナを兩方
へ張つて、アシタナ・アワタ・アバタナをきれいに揃へることをいふ。
※注四 「特長」。股のところまであるゴムの特長靴のことで、沖へ行く人は大抵これを履いて行く。
※注五 「テドル」。サヤメた網をハセに懸けて乾して、それが乾せえてしまふと、家の中へ入れて
繕ふのであるが、繕ひ終へたものは。アシタナを直徑六七寸位の輪にして、兩方のテンボで縛る、アバタナも、
きれいにアバを揃へながら集めて、テンボで縛る。この操作をテドルといふのである。
※注六 「タク」。テドつた網を舟に入れて、アシタナにアシ石をつけたりなどして、海に入れる
様に拵へることを、「網をタク」といふ。
※注七 「サス」。投網することをいふ。
※注八 「キユル」。網の目の切れた所を繕ふことをいふ。
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