第一章 村の概觀
一 村名の起源
幌別驛に下車して、直ぐ正面の國道を西に折れゝば、行くこと二町餘
にして、村の西郊に達する。そこには可成大きな川が、碧潭(へきたん)を湛えて、
悠々と流れてゐる。幌別の原名ポロペッ(Poro pet)は、「大川」の義であって、本来は
この川に冠せられた名稱であった。
幌別川は今でも界隈では「大川」の一つであるが、往古上流に原始林が鬱蒼として晝猶暗き
を呈してゐた頃には、今よりは一層「大川」であったことが察せられる。併し乍ら、幌別なる
名稱は必ずしも川の大きさを絶對的に言ひ表したものではなく、居常水を汲み食器を洗ふ背戸
の流れに「小川」を意識しつゝ、それに對して村の西郊を流れる川を「大川」と呼び馴れた
ものと思はれる。
幌別なる名稱の起源に關しては、次の如き地名傳説も傳へられてゐる。
昔、或男がこの川の淺瀬を撰んで向岸へ渡らうとした。然るに、川の中央へ進むに從って、
水は次第に深さを增し、遂に男の貴重なる一物までも濡らすに至った。玆に於て件の男は感嘆の
聲を發して、嗚呼大川なる哉、と叫んだ。斯くて、それまではカニサシペッと稱せられてゐた川が、
その時からポロペッ即ち「大川」と改稱せられるに至つたのであるといふ。
尚、幌別の舊名カニサシペッ(Kani sash pet)のカニは「黄金」、サシは「鏘然の音」、ペッ
は「川」であつて、「黄金の音鏘然として美しく響く川」の義である。この川の上流に、曾ては
金鑛があつたことを憶ひ合はせれば、洵に興味油然たるものを覺える。