第十八章 遊びと唄
一 遊び
1 歌留多
幾日も凪が續いた後で時化が來ると、若い者連中は何を措いても、歌留多をしなければ納まらない。
「今夕六時より平澤氏宅に於てカルタ會を催す。會費二十銭。参戦を待つ。」
といふ様な簡単な廻狀が廻ると、六時半頃、あでには十人位の顔觸が揃ふ。
こゝに云ふ歌留多とは勿論百人一首のことであるが、東京のそれとは大いに趣を異にしてゐる。
讀札は歌を紙に印刷した普通のものであるが、取札は正月の切餅大の大札で、
主として朴の木が用ゐられてゐる。綺麗に鉋をかけた白木に、墨黒々と、草書で歌の下の句が
書かれてある。これは當地方では下の句だけが讀まれるからである。
ゲームは殆んど源平戦ばかりである。一組普通三人で、その内の一人は三十枚位を
受持つて守備の任に當る。他の一人は六七枚位を持つて、敵を攻撃する。殘つた一人は
攻守兩人の間に坐つて、味方を擁護しながら戦ふのである。
組の名稱には、血櫻組、隼組、雷電組など物凄いのがある。これ等が五組も六組も集まつて
リーグ戦をする時などは、午後六時頃から始つても、翌朝二時か三時でなければ終らない。
人數が揃ふと抽籤で戦ふ組を決める。そして殘りの組のうちから、讀手と審判を選ぶ。最初の札
を空札(からふだ)と云つて、上の句から讀む。そしてそれにつづいた次の札から取り始めるのである。
空札の時は歌留多にない歌が讀まれることも多い。
東海の小島の磯の白砂に・・・
と啄木の歌を讀むインテリもあれば
からからと火葬場に殘りし親父の睾丸
をかしくもあり悲しくもあり
などと變な歌を讀む者もある。空札を讀み終つたら、その下の句をもう一度繰返して次の歌の
下の句へ續ける。
例へば空札の歌が
東海の小島の磯の白砂に
我泣き濡れて蟹と戯むる
であつたら、次は
我泣き濡れて蟹と戯むる
やくやもしほの身もこがれつゝ
と讀み、次はそれを更に上の句に直して
やくやもしほの身もこがれつゝ
乙女の姿しばしとどめむ
等々々の如く、讀み進めるのである。
悪戯讀みは空札の時ばかりではない。
山の奥さん鹿に追はれた(山の奥にも鹿ぞ啼くなる)
乙女のチャンコ火箸で突つつく(乙女の姿しばしとどめむ)
いくよ姉さん今晩は(いくよねざめぬ須磨の關守)
ながなが小便五銭の罰金(ながながし夜をひとりかもねむ)
等々、いろいろにもぢつて讀む。それでも取手は最初の三字位を聞いただけで、
もう札を飛ばしてしまふ。猛者ばかりなので間違ふ様なことはない。
随分腕達者な者が多いので、戦もなかなか烈しい。節くれ立つた鐵腕が
氣合と共に突出されるので、弾かれた札が三間も横へすつ飛んで窓ガラスを
破つたり、絡み合つた手の下で厚さ二分の木札が二つに割れたりすることも
珍しくはない。割れた札は裏から古葉書を貼つてすぐ使用する。